2 ―二人の距離感―久実十五歳 赤坂二十一歳久実ちゃんが中学三年生になるほんの手前から、ありえないほどCDが売れ始めた。COLORメンバーは次々に仕事が決まっていく。信じられないほど金が入ってくるし、今まで冷たかった番組プロデューサーも笑顔を向けてくるのだ。女が死ぬほど寄ってくる。そんな目まぐるしい変化の中で、俺らCOLORは話し合いを設けることにした。俺と黒柳は大樹の家にお邪魔した。コンビニで買ってきた菓子を広げて雑談をしていたが、シーンと静まり返った。俺らは売れてきている時で、不安だったのだ。この先、メンバーの誰かだけが売れるかもしれないし、辞めたがるメンバーもいるかもしれない。三人の未来を三人だけで語り合う。「俺らの人気は永遠に続かないかもしれない。だけど、三人で協力して生き残り続けたいと思う」大樹は真っ直ぐ俺と黒柳を見て言った。黒柳は「そーだね」とふんわりと返事をする。「俺らを応援してくれる人を裏切ってはいけない。しっかりやっていこうぜ」俺はそう伝えた。久実ちゃんを思い出す。俺らは少なからず誰かの希望になっているかもしれない。「どんなことがあっても乗り越えよう」大樹がそう言う。短い話し合いだったが、三人の意識は同じだということを確認し合えた。俺らはアイドルではなくプライベートモードで会話を始めた。「俺……今好きな子いるんだ。でも……恋愛のこととか大澤社長に言えないよな」大樹が幸せそうな口調で言った。人が人を好きになるのは当たり前のことだからいいが、スキャンダルには気をつけてもらいたい。俺も女とは体の関係があるから人のこと言えないけど。「大澤社長は恋人作るの禁止って言うけど……年頃だしね。俺たち」黒柳が眠そうにあくびをしながら言った。そして、言葉を続ける。「頼むから二人共スキャンダルとかやめてねー。バレないようにしてよー」「そういう奴が一番スキャンダル起こしそうだな」大樹は笑っている。大樹が惚れてる子ってどんな人なのだろう。俺たちはざっくばらんに話した。どんなことがあっても、メンバーと結束して頑張ろうと誓った。自分たちだけが幸せになるのではなく、応援してくれる人を裏切らないために。「じゃあ、仕事あるから俺行くわ」立ち上がった俺は、大樹のマンションを出た。車を運転して次の仕事場へ向かう。カー
夕方からの仕事は、大手出版社の女性向け雑誌のインタビューが入っている。どこの雑誌でも恋愛観を聞かれて困るのだ。俺の恋愛観は自分でもよくわかっていなかった。一度事務所に行ってマネージャーが同伴をする。出版社に到着するとロビーで迎えてくれる。色んな人に持ち上げられていると感覚が麻痺してくる気がした。俺に対して「よろしくお願いします」とスーツを着た女性が深く頭を下げてくる。俺は最近、後頭部ばかり見ている気がしていた。マネージャーとインタビュアーが名刺交換をする。出版社の来客室まで案内された。ソファーに座るとお茶を出されて早速インタビューが行われる。若い女性が担当で笑顔を向けてくる。カメラマンもスタンバイしていた。「では、よろしくお願いします」「よろしくお願いします」早速、シャッター音が鳴る。インタビュアが愛さない表情で質問を重ねてきた。「赤坂さんはお休みの日は何をされているんですか?」「音楽を聞いたり、ドライブをしたりしています。あとは……病院へ行っています」「病院に……ですか?」「ええ。まだ売れてない頃にファンレターをくれたお子さんがいて……お見舞いに行ったりしています」「偉いですね。素晴らしいです」「別に偉くないです。逆に生き方を学んだ気がしますね」俺は久実ちゃんを利用するつもりはなかったが、売れ始めているからと事務所から言えと言われたのだ。拒否したがそうであればもう会いに行くなと言われてしまい、従うしかなかった。「そうですか。続いて好きな女性のタイプを教えてください」こういうのは苦痛でならない。好きな女性のタイプなんて別にない。俺はこの質問をされるたびに梨紗子に遊ばれたことを思い出す。女なんて何を考えているのかわからない。「一途な方がタイプですね」梨紗子を思い出しつつ、無難なことを言う。「どんな雰囲気の方が好きですか?」「…………」しつこいからイラッとしてつい睨む。「COLORは圧倒的に女性のファンが多いんです。女性の興味があるところなので、詳しく聞かせてください。こちらもお仕事なので」苦笑いされてしまった。心を落ち着けて仕事を続ける。小さなことでイライラしてしまうなんて、相当ストレスが溜まっているのかもしれない。そして頑張って答えを絞り出す。「話が合う人……ですかね」インタビューを終えてビルを出る
テレビ局について楽屋に案内される時、俺は梨紗子を見かけた。あいつはまだそこそこ売れているようだが、今のCOLORの勢いには勝てないだろう。今日はVTRを観てコメントする番組だったが、梨紗子も一緒だった。俺はずっと引きずっていたけれど、意外と平気だった。仕事を終えたのは二十二時過ぎていて、もう腹も減っていたから早く帰ろうとした時、楽屋のノックが鳴った。立ち上がってドアを開くと梨紗子が立っている。「久しぶり」「…………なに」「挨拶に来たの。またお仕事で一緒になるかもしれないでしょ」過去にあったことは棚に上げてこんな態度を取れるなんて恐ろしい。俺は顔がひきつってしまう。「ああ、よろしくお願いします」すると、梨紗子は俺の胸を押して楽屋に入ってきた。「冷たいね。成人」「…………あのさ、そういうの迷惑なんだけど」ぷくっと頬を膨らませる。こいつはこうやって芸能界で生き残ってきたのだろう。「仕事ではこちらもお世話になるかもしれない。その時はお手柔らかに」見下ろしながら言うと、梨紗子はクスッと笑う。「売れっ子芸能人のオーラ、すごいね。成人。きっともっと売れるね。その時は暴露しちゃうかな」「恐ろしい女だな。可愛い顔して」「最高の褒め言葉ありがとう。じゃあ、また」梨紗子が出て行くとマネージャーが戻ってきた。怪しげな目で見られている。「………挨拶に来たんだっつーの。あんな性格悪い女、願い下げだ」「お願いだから、問題を起こさないでくださいよ」「わかってる」今日は家でビールでも呑みたい気分だ。
久実side数学の時間。窓際の席の私はぼうっと外を見ていた。天気がいい。さわやかな青空が広がっている私は……いつまで生きることができるのだろうか……。高校へ行って、大学へ行って、仕事をして、結婚をして、赤ちゃんを産んで……。そんな平凡な夢は叶うのだろうか。私は心臓病を発症し、今は投薬治療をしている。入退院の繰り返しだ。お母さんはパートに出ているし、生活も苦しくなっているのは私のせいなのではと思っている。中学三年生になってからは比較的体調がいい。無理な運動はできないけど、なんとか暮らしている。高校へは進学するつもりだが、勉強する価値はあるのかな……。だって……短い人生かもしれないから。赤坂さんも頑張っているから、めげずに頑張るしかないか。私のことを雑誌で話してくれたのは、嬉しかった。赤坂さんからは、いつも勇気をもらっている。本当にファンになってよかった。忙しそうで……なかなか会えないけど、ファンとしてあまり欲張りになっちゃいけない。陰ながら応援しようと思っている。
昼休みになり、親友の朋代が近づいてくる。ショートカットで運動が得意な女の子でいつも仲よくしてくれていた。お昼はお母さんのお手製の塩分が少なめのお弁当を食べている。COLORメンバーである赤坂さんと交流があることは、朋代にも言っていない。今じゃ大人気者であるCOLOR。私に会いに来てくれることを言うとサインしてっていっぱい言われそうだから。赤坂さんに迷惑はかけたくなかった。「夏休みも受験勉強だよね。めんどいけど、久実と同じ高校行きたいから頑張る」「私も」「久実は頭いいからいいじゃん」「入院中やることなくて勉強ばかりしてたからねぇ」「偉い! 私だったら漫画ばっかり読んでいると思う! マジ偉いわ」明るくて朋代といると楽しくなる。機会があれば、朋代には赤坂さんのことを話そうかなって思っていた。おかずを食べつつ話していると、後ろの席から恋愛話が聞こえてきた。「サッカー部のキャプテンってさ、めっちゃかっこいいよねぇー」「でも、あいつキスしてたよ。二年生のくせに」「マジでー」どんなにかっこいい人を見ても、なかなか赤坂さんに勝てる人はいない。そのせいかわからないけど、人を好きになったことはなかった。というか、こんな体だから恋愛は諦めている。手を繋いで歩いたり、デートをしたり憧れはあるけれど。実際には無理だろうから、変な希望は持たないことにする。
日曜日、私は自分の部屋で受験勉強をしていた。でも、身に入らずぼんやりしていた。トントンとノックがされ「はい」と言うとドアが開いてお母さんが入ってくる。「久実、赤坂さんから電話よ」「えっ!」嬉しくて立ち上がり、お母さんから電話を受け取った。「もしもし」『おう。元気にしてるか?』「まあまあですかねぇ……」『これから妹とランチするけど、久実ちゃんも一緒に行かないか? 受験勉強頑張ってるんだろ。息抜きしようぜ』「行く!」一気にテンションが上がった。『じゃあ、車で迎えに行くから。お洒落しろよ』電話を切ってお母さんに事情を説明する。「たまには息抜きしておいで」そう言ってくれた。急いで着替えをする。赤坂さんの妹さんに会うのもはじめてだ。お友達になれるといいな……。ドキドキしながらマンションの外で待っていると車が到着した。降りてきた女の子は私よりも大人っぽい。赤坂さんに似ていて美少女だった。赤坂さんも車から降りてきた。ボーダーに白い七分丈のシャツにジーンズ姿の赤坂さん。日に日にイケメン度が増している気がする。見ているだけで眩しい。「妹の舞。久実ちゃんと同じ年だから、仲よくしてやって」「はじめまして! 舞です。よろしくね!」ハキハキ話す舞さん。私も挨拶をする。「よろしくお願いします」人懐っこい性格に、私は安心していた。助手席に乗せてくれて舞さんは後ろに座った。赤坂さんの運転する車に乗せてもらえるなんて、幸せすぎる。一生の思い出になるかもしれない。「人が多い所だと落ち着いて食事できないから、個室がある所でいい?」「はい」赤坂さんがこんな風に気を使ってくれるのが、すごく嬉しくて。とても贅沢な時間に思える。それと同時に赤坂さんが人目を気にしている事実を知って、ますます遠い存在になった気もしていた。私にとってはお兄ちゃんのような存在だけど、赤坂さんは国民的アイドル。車が走り出す。軽快な音楽が流れていた。「久実ちゃんって、めっちゃ可愛いねぇ」舞さんが気さくに話しかけてくれる。「舞さんこそ……赤坂さんに似ていて綺麗な顔してるね」「えー! お兄ちゃんに似てるなんてなんだか嫌だな」「お前、酷いこと言うな」そんな他愛のない話をしながら車はどんどん進んでいた。連れて来てくれたのは横浜のホテル。景色がよくて、私にはまだまだ
日曜日、私は自分の部屋で受験勉強をしていた。でも、身に入らずぼんやりしていた。トントンとノックがされ「はい」と言うとドアが開いてお母さんが入ってくる。「久実、赤坂さんから電話よ」「えっ!」嬉しくて立ち上がり、お母さんから電話を受け取った。「もしもし」『おう。元気にしてるか?』「まあまあですかねぇ……」『これから妹とランチするけど、久実ちゃんも一緒に行かないか? 受験勉強頑張ってるんだろ。息抜きしようぜ』「行く!」一気にテンションが上がった。『じゃあ、車で迎えに行くから。お洒落しろよ』電話を切ってお母さんに事情を説明する。「たまには息抜きしておいで」そう言ってくれた。急いで着替えをする。赤坂さんの妹さんに会うのもはじめてだ。お友達になれるといいな……。ドキドキしながらマンションの外で待っていると車が到着した。降りてきた女の子は私よりも大人っぽい。赤坂さんに似ていて美少女だった。赤坂さんも車から降りてきた。ボーダーに白い七分丈のシャツにジーンズ姿の赤坂さん。日に日にイケメン度が増している気がする。見ているだけで眩しい。「妹の舞。久実ちゃんと同じ年だから、仲よくしてやって」「はじめまして! 舞です。よろしくね!」ハキハキ話す舞さん。私も挨拶をする。「よろしくお願いします」人懐っこい性格に、私は安心していた。助手席に乗せてくれて舞さんは後ろに座った。赤坂さんの運転する車に乗せてもらえるなんて、幸せすぎる。一生の思い出になるかもしれない。「人が多い所だと落ち着いて食事できないから、個室がある所でいい?」「はい」赤坂さんがこんな風に気を使ってくれるのが、すごく嬉しくて。とても贅沢な時間に思える。それと同時に赤坂さんが人目を気にしている事実を知って、ますます遠い存在になった気もしていた。私にとってはお兄ちゃんのような存在だけど、赤坂さんは国民的アイドル。車が走り出す。軽快な音楽が流れていた。「久実ちゃんって、めっちゃ可愛いねぇ」舞さんが気さくに話しかけてくれる。「舞さんこそ……赤坂さんに似ていて綺麗な顔してるね」「えー! お兄ちゃんに似てるなんてなんだか嫌だな」「お前、酷いこと言うな」そんな他愛のない話をしながら車はどんどん進んでいた。連れて来てくれたのは横浜のホテル。景色がよくて、私にはまだまだ
赤坂side俺と黒柳は事務所に呼び出しをされた。二人だけ呼ばれるなんてなにがあったのだろう。仕事を終えて事務所に行くと、社長室に行くよう言われた。すでに黒柳は来ていて、重たい空気が流れている。「お疲れ様です」いつものように挨拶すると大澤社長は少し焦ったように俺たちに座るよう指示をした。そして爆弾発言をしたのだ。「大樹の好きな人に子どもができてしまったのよ」大澤社長は怒っているふうでもなく冷静な様子だった。俺と黒柳は呆然として言葉を発せずにいる。せっかく売れてきているのにCOLORが終わってしまうのは悲しい。だけれども、スキャンダルになってしまったら、未来はない。「大樹も相手の女性も燃え上がっているの」心から好きな人ができて羨ましいなと一瞬思ってしまった。「無理矢理にでも引き離さないと……COLORは解散にまで追い込まれるかもしれない」「無理矢理って……」つぶやいた俺。愛する人と引き離す権利なんて俺たちにあるのだろうか。でも解散になったりしたら、もう仕事がないかもしれない。俺らを応援してくれている人のことを思うと、簡単に解散なんてできないと思った。だからと言って別れさせたのはなんだか間違っている気がする。黒柳は目を閉じて何も言葉を発さない。「俺らは……愛する人と結ばれることすら許されないのですか?」大澤社長に向かって問いかける。俺の言葉を聞いた大澤社長は諭すように言った。「時期とタイミングがあるのよ」重くて今の俺たちには一番大切な言葉に聞こえた。だから、何も言い返せなかった。「タイミング……大事だと思う」黒柳は冷静な声で言う。「可愛そうだけど……。あんた達は世の中に愛されるべき人間なのよ」大澤社長に諭されたが複雑な気持ちだった。
「俺たちはさ、自分のやりたい道を見つけて、それぞれ進んでいけるかもしれないけど、今まで応援してくれた人たちはどんな気持ちになると思う?」どうしてもそこだけは避けてはいけない道のような気がして、俺は素直に自分の言葉を口にした。光の差してきた事務所にまた重い空気が流れていく。でも大事なことなので言わなければならない。苦しいけれど、ここは乗り越えて行かなければいけない壁なのだ。.「悲しむに決まってるよ。いつも俺たちの衣装を真似して作ってきてくれるファンとか、丁寧にレポートを書いて送ってくれる人とか。そういう人たちに支えられてきたんだよね」黒柳が切なそうな声で言った。でもその声の中には感謝の気持ちも感じられる。デビューしてから今日までの楽しかったことや嬉しかったこと辛かったことや苦しかったことを思い出す。毎日必死で生きてきたのであっという間に時が流れたような気がした。「感謝の気持を込めて……盛大に解散ライブをやるしかないんじゃないか?」赤坂が告げると、そこにいる全員が同じ気持ちになったようだった。部屋の空気が引き締まったように思える。「本当は全国各地回って挨拶をさせてあげたいんだけど、今あなたたちはなるべく早く解散を望んでいるわよね。それなら大きな会場でやるしかない。会場に来れない人たちのためには配信もしてあげるべきね」「そうだね」社長が言うと黒柳は返事してぼんやりと宙に視線を送る。いろんなことを想像している時、彼はこういう表情を浮かべるのだ。「今までの集大成を見せようぜ」「おう」赤坂が言い俺が返事をした。黒柳もうなずいている。「じゃあ……十二月三十一日を持って解散する方向で進んでいきましょう。まずはファンクラブに向けて今月中にメッセージをして、会場を抑えてライブの予告もする。その後にメディアにお知らせをする。おそらくオファーがたくさん来ると思うからなるべくスケジュールを合わせて、今までの感謝の気持ちで出演してきましょう」社長がテキパキと口にするが、きっと彼女の心の中にもいろんな感情が渦巻いているに違いない。育ての親としてたちを見送るような気持ちだろう。それから俺たちは解散ライブに向けてどんなことをするべきか、前向きに話し合いが行われた。
「じゃあ、まず成人」 赤坂は、名前を呼ばれると一瞬考え込んだような表情をしたが、すぐに口を開いた。 「……俺は、作詞作曲……やりたい」 「そう。いいわね。元COLORプロデュースのアイドルなんて作ったら世の中の人が喜んでくれるかもしれないわ」 社長は優しい顔をして聞いていた。 「リュウジは?」 社長に言われてぼんやりと天井を見上げた。しばらく逡巡してからのんびりとした口調で言う。 「まだ具体的にイメージできてないけど、テレビで話をするとか好きだからそういう仕そういう仕事ができたら」 「いいじゃないかしら」 最後に全員の視線がこちらを向いた。 「大は?」 みんなの話を聞いて俺にできることは何なんだろうと考えていた。音楽も好きだけど興味があることといえば演技の世界だ。 「俳優……かな」 「今のあなたにピッタリね。新しい仕事も決まったと聞いたわよ」 「どんな仕事?」 赤坂が興味ある気に質問してきた。 「映画監督兼俳優の仕事。しかも、新人の俳優を起用するようで、面接もやってほしいと言われたみたいなのよ」 社長が質問に答えると、赤坂は感心したように頷く。 「たしかに、いいと思うな。ぴったりな仕事だ」 「あなたたちも将来が見えてきたわね。私としては事務所に引き続き残ってもらって一緒に仕事をしたいと思っているわ」 これからの自分たちのことを社長は真剣に考えてくれていると伝わってきた。 ずっと過去から彼女は俺らのことを思ってくれている。 芸能生活を長く続けてやっと感謝することができたのだ。 今こうして仕事を続けていなかったら俺は愛する人を守れなかったかもしれない。でも美羽には過去に嫌な思いをさせてしまった。紆余曲折あったけれどこれからの未来は幸せいっぱいに過ごしていきたいと決意している。 でも俺たちが解散してしまったらファンはどんな思いをするのだろう。そこの部分が引っかかって前向きに決断できないのだ。
それは覚悟していたことだけど、実際に言葉にされると本当にいいのかと迷ってしまう。たとえ俺たちが全員結婚してしまったとしても、音楽やパフォーマンスを楽しみにしてくれているファンもいるのではないか。解散してしまうと『これからも永遠に応援する』と言ってくれていた人たちのことを裏切るのではないかと胸の中にモヤモヤしたものが溜まってきた。「……そうかもしれないな。いずれ十分なパフォーマンスもできなくなってくるだろうし、それなら花があるうちに解散というのも一つの道かもしれない」赤坂が冷静な口調で言った。俺の意見を聞きたそうに全員の視線が注がれる。「俺たちが結婚してもパフォーマンスを楽しみにしてくれている人がいるんじゃないかって……裏切るような気持ちになった。でも今赤坂の話を聞いて、十分なパフォーマンスがいずれはできなくなるとも思って……」会議室がまた静まり返った。こんなにも重たい空気になってしまうなんて、辛い。まるでお葬式みたいだ。 解散の話になると無言が流れるだろうとは覚悟していたが、予想以上に嫌な空気だった。芸能人は夢を与える仕事だ。 十分なパフォーマンスができているうちに解散したほうが 記憶にいい状態のまま残っているかもしれない。 「解散してもみんなにはうちの事務所に行ってほしいって思うのは私の思いよ。できれば、これからも一緒に仕事をしていきたい。これからの時代を作る後輩たちも入ってくると思うけど育成を一緒に手伝ってほしいとも思ってるわ」社長の思いに胸が打たれた。「解散するとして、あなたたちは何をしたいのか? ビジョンは見える?」質問されて全員頭をひねらせていた。
そして、その夜。仕事が終わって夜になり、COLORは事務所に集められた。大澤社長と各マネージャーも参加している。「今日みんなに集まってもらったのは、これからのあなたたちの未来について話し合おうかと思って」社長が口を開くと部屋の空気が重たくなっていった。「大樹が結婚して事務所にはいろんな意見の連絡が来たわ。もちろん祝福してくれる人もたくさんいたけれど、一部のファンは大きな怒りを抱えている。アイドルというのはそういう仕事なの」黒柳は壁側に座ってぼんやりと窓を見ている。一応は話を聞いていなさそうにも見えるが彼はこういう性格なのだ。赤坂はいつになく余裕のない表情をしていた。「成人もリュウジも好きな人ができて結婚したいって私に伝えてきたの。だからねそろそろあなたたちの将来を真剣に話し合わなければならないと思って今日は集まってもらったわ」マネージャーたちは、黙って聞いている。俺が結婚も認めてもらったということは、いつかはグループの将来を真剣に考えなければならない時が来るとは覚悟していた。時の流れは早いもので、気がつけば今日のような日がやってきていたのだ。 「今までは結婚を反対して禁止していたけれど、もうそうもいかないわよね。あなたたちは十分大人になった」事務所として大澤社長は理解があるほうだと思う。過去に俺の交際を大反対したのはまだまだ子供だったからだろう。どの道を進んでいけばいいのか。考えるけれど考えがまとまらなかった。しばらく俺たちは無言のままその場にいた。時計の針の音だけが静かに部屋の中に響いていた。「俺は解散するしかないと思ってる……」黒柳がぽつりと言った。
今日は、COLORとしての仕事ではなく、それぞれの現場で仕事をする日だ。 その車の中で池村マネージャーが俺に話しかけてきた。「実は映画監督をしてみないかって依頼があるのですが、どうですか? 興味はありますか?」今までに引き受けたことのない新しい仕事だった。「え? 俺にそんなオファーが来てるの?」驚いて 思わず 変な声が出てしまう。演技は数年前から少しずつ始めてい、てミュージカルに参加させてもらったことをきっかけに演技の仕事も楽しいと思うようになっていたのだ。まさか 映画監督のオファーをもらえるとは想像もしていなかった。「はい。プロモーションビデオの表情がすごくよかったと高く評価してくれたようですよ。ミュージカルも見てこの人には才能があると思ったと言ってくれました。ぜひ、お願いしたいとのことなんです。監督もしながら俳優もやるっていう感じで、かなり大変だと思うんですが……。内容は学園もので青春ミステリーみたいな感じなんですって。新人俳優のオーディションもやるそうで、そこにも審査員として参加してほしいと言われていますよ」タブレットで資料を見せられた。企画書に目を通すと難しそうだけど新たなのチャレンジをしてみたりと心が動かされたのだ。「やってみたい」「では早速仕事を受けておきます」池村マネージャーは早速メールで返事を書いているようだ。新しいことにチャレンジできるということはとてもありがたい。芸能関係の仕事をしていて次から次とやることを与えてもらえるのは当たり前じゃない。心から感謝したいと思った。
大樹side愛する人との平凡な毎日は、あまりにも最高すぎて、夢ではないかと思ってしまう。先日は、美羽との結婚パーティーをやっと開くことができた。美羽のウエディングドレス姿を見た時、本物の天使かと思った。美しくて柔らかい雰囲気で世界一美しい自分の妻だった。同時にこれからも彼女のことを命をかけて守っていかなければならないと感じている。紆余曲折あった俺たちだが、こうして幸せな日々を過ごせるのは心から感謝しなければならない。当たり前じゃないのだから。お腹にいる子供も順調に育っている。六月には生まれてくる予定だ。昨晩は性別もわかり、いよいよ父親になるのだなと覚悟が決まってきた気がする。女の子だった。はなの妹がこの世の中に誕生してくるのだ。子供の誕生は嬉しいが、どうしても生まれてくることができなかったはなへは、申し訳ない気持ちになる。母子共に健康で無事に生まれてくるように『はな』に手を合わせて祈った。手を合わせて振り返ると隣で一緒に手を合わせていた美羽と目が合う。「今日も忙しいの?」「うん。ちょっと遅くなってしまうかもしれないから無理しないで眠っていていいから」美羽は少し寂しそうな表情を浮かべた。「大くんに会いたいから起きていたいけど、お腹の子供に無理をかけたくないから、もしかしたら寝ているかもしれない」「あぁ。大事にして」俺は美羽のお腹を優しく撫でた。「じゃあ行ってくるから」「行ってらっしゃい」玄関先で甘いキスをした。結婚して妊娠しているというのにキスをするたびに彼女はいまだに恥ずかしそうな表情を浮かべるのだ。いつまでピュアなままなのだろうか。そんな美羽を愛おしく思って仕事に行きたくなくなってしまうが、彼女と子供のためにも一生懸命働いてこよう。「今度こそ行ってくるね」「気をつけて」外に出てマンションに行くと、迎えの車が来ていた。
少し眠くなってきたところで、玄関のドアが開く音が聞こえた。立ち上がって迎えに行こうとするがお腹が大きくなってきているので、動きがゆっくりだ。よいしょ、よいしょと歩いていると、ドアが開く。大くんがドアの前で待機していた私は見てすごくうれしそうにピカピカの笑顔を向けてきた。 そして近づいてきて私のことを抱きしめた。「美羽、ただいま。先に寝ていてもよかったんだよ」「ううん。大くんに会いたかったの」素直に気持ちを伝えると頭を撫でてくれた。私のことを優しく抱きしめてくれる。そして、お供えコーナーで手を合わせてから、私は台所に行った。「夕食、食べる?」「あまり食欲ないんだ。作ってくれたのなら朝に食べようかな」やはり夜遅くなると体重に気をつけているようであまり食べない。この時間にケーキを出すのはどうかと思ったけれど、早く伝えたくて出すことにした。「あ、あのね……これ」冷蔵庫からケーキを出す。「ケーキ作ったの?」「うん……。赤ちゃんの性別がわかったから……」こんな夜中にやることじゃないかもしれないけど、これから生まれてくる子供のための思い出を作りたくてついつい作ってしまったのだ。迷惑だと思われてないか心配だったけど、大くんの顔を見るとにっこりと笑ってくれている。「そっか。ありがとう」嫌な表情を全くしないので安心した。ケーキをテーブルに置くと私は説明を始める。ケーキの上にパイナップルとイチゴを盛り付けてあった。「この中にフルーツが入ってるの。ケーキを切って中がパイナップルだったら男の子。イチゴだったら女の子。切ってみて」ナイフを手渡す。「わかった。ドキドキするね」そう言って彼はおそるおそる入刀する。すると中から出てきたのは……「イチゴだ!」「うん!」お腹の中にいる赤ちゃんの性別は女の子だったのだ。「楽しみだね。きっと可愛い子供が生まれてくるんだろうな」真夜中だというのに今日は特別だと言ってケーキを食べる。私と彼はこれから生まれてくる赤ちゃんの話でかなり盛り上がった。その後、ソファーに並んで座り、大きくなってきたお腹を撫でてくれる。「大きくなってきた」「うん!」「元気に生まれてくるんだぞ」優しい声でお腹に話しかけていた。その横顔を見るだけで私は幸せな気持ちになる。はなを妊娠した時、こんな幸福な時間がやってくると
美羽side結婚パーティーを無事に終えることができ、私は心から安心していた。 私と大くんが夫婦になったということをたくさんの人が祝ってくれたのが、嬉しくて ありがたくてたまらなかった。 しかし私が大くんと結婚したことで、傷ついてしまったファンがいるのも事実だ。 アイドルとしては、芸能生活を続けていくのはかなり厳しいだろう。 覚悟はしていたのに本当に私がそばにいていいのかと悩んでしまう時もある。 そんな時は大きくなってきたお腹を撫でて、私と大くんが選んだ道は間違っていないと思うようにしていた。自分で自分を肯定しなければ気持ちがおかしくなってしまいそうになる。 あまり落ち込まないようにしよう。 大くんは、仕事が立て込んでいて帰ってくるのが遅いみたい。 食事は、軽めのものを用意しておいた。 入浴も終えてソファーで休んでいたが時計は二十三時。 いつも帰りが遅いので平気。 私と大くんは再会するまでの間、会えていない期間があった。 これに比べると今は必ず帰ってくるので、幸せな状況だと感で胸がいっぱいだ。 今日は産婦人科に行ってきて赤ちゃんの性別がはっきりわかったので、伝えようと思っている。手作りのケーキを作ってフルーツの中身で伝えるというささやかなイベントをしようと思った。でも仕事で疲れているところにそんなことをしたら迷惑かな。 でも大事なことなので特別な時間にしたい。
「そんな簡単な問題じゃないと思う。もっと冷静になって考えなさい」強い口調で言われたので思わず大澤社長を睨んでしまう。すると大澤社長は呆れたように大きなため息をついた。「あなたの気の強さはわかるけど、落ち着いて考えないといけないのよ。大人なんだからね」「ああ、わかってる」「芸能人だから考えがずれているって思われたら、困るでしょう」本当に困った子というような感じでアルコールを流し込んでいる。社長にとっては俺たちはずっと子供のような存在なのかもしれない。大事に思ってくれているからこそ厳しい言葉をかけてくれているのだろう。「……メンバーで話し合いをしたいと思う。その上でどうするか決めていきたい」大澤社長は俺の真剣な言葉を聞いてじっと瞳を見つめてくる。「わかったわ。メンバーで話し合いをするまでに自分がこれからどうしていきたいか、自分に何ができるのかを考えてきなさい」「……ありがとうございます」俺はペコッと頭を下げた。「解散するにしても、ファンの皆さんが納得する形にしなければいけないのよ。ファンのおかげであなたたちはご飯を食べてこられたのだから。感謝を忘れてはいけないの」大澤社長の言葉が身にしみていた。彼女の言う通りだ。ファンがいたからこそ俺たちは成長しこうして食べていくことができた。音楽を聞いてくれている人たちに元気を届けたいと思いながら過ごしていたけれど、逆に俺たちが勇気や希望をもらえたりしてありがたい存在だった。そのファンたちを怒らせてしまう結果になるかもしれない。それでも俺は自分の人生を愛する人と過ごしていきたいと考えた。俺達COLORは、変わる時なのかもしれない……。